扇子を買いに行った話

 一昨日が兄の誕生日だった。

 私たち兄弟は特段仲がいいというわけでもないが、なぜか昔から誕生日プレゼントをあげあう週間ができている。去年の私の誕生日にはちょっとしたブランド物の白いニット帽をもらった。

 もともと持っていた紺色のニット帽をどこかに紛失して、近いうちに新しいのを買わなくてはと思っていたので非常にありがたかった。

 ただその白いニット帽、日常的に被ってはいるものの、ひたすら自分に似合わない。そもそもニット帽って、最近で言うと坂口健太郎みたいな可愛い系でかつ塩顔みたいな人が似合うのであって、坂口健太郎成分が顔面のどこにもない自分が白いニット帽を被るとるろうに剣心の悠久山安慈みたいになった。心なしか顔も似てる気がする。目つきが悪いとことか。

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 今年は何をあげようかとぼんやり考えていたら誕生日が過ぎた。

 「注文したんだけどまだ来ないんだよね」といってはぐらかしながら何を買えばいいのか考えてたら、兄が「うちわを買わなきゃな」とボソッと言っていたこと思い出したので、扇子にすることにした。

 今日の昼過ぎ、重い腰を上げながら扇子屋が大量にある浅草に出向いた。久しぶりに見る雷門は工事中だった。「工事中です」と書かれた看板を何人もの外国人が寂しそうに眺めていた。中国人は喚いていた。

 仲見世通りの裏通りなどにある扇子屋をいくつか回るも良さげなものが見つからず、浅草寺の正面の階段に座り抹茶アイスを食べながら途方に暮れていた。

 残りの電池容量が2%になったスマートフォンで「男性 おすすめ 扇子」で検索してみたら良さそうな店を見つけたのでそこに向かうことにした。当てずっぽで浅草なんか行かず最初からそっち行けばよかった。 

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 神田にある「新京清堂」というその店は、浅草にあったお店と違って洒落ていた。若者受けする柄とかがいっぱい置いてあったので、もし東京で扇子を購入される際は選択肢の一つとしておすすめしたい。

 扇子に対しての知識が微塵もないため、お店に入ってすぐに店員にオススメの扇子を聞いてみた。若い女性だった。綺麗な方だった。その後の会話で23歳だと判明した。

 予算を言ったあとにお店にあるオススメの商品を教えてもらっていると、汗が噴き出してきた。

 小さい頃からなんだけれども、自分は洒落た場所だったり洒落た人と話していると汗が噴き出す。おそらく「ここにいてはいけない」と自分の体が自分自身に危険信号を出しているのだと思う。ここ数年は同じ店で服を買っているのだが、何度行っても汗が吹き出る。汗を必死に拭っている自分を見て店員が「今日クーラーの効き悪いですもんね」とフォローをしてくれた時は顔から火が出るほど恥ずかしかった。「お洒落なとこに行くと汗が吹き出る体質なんだ」と説明したら「分かる」と言われた。ショップ店員が分かるわけないだろ。その店員とはその後ちょっとだけ仲良くなった。80年代の西海岸のロックについて熱く語る人だった。デイビッドボウイが死んだ時はいかに彼が偉大な存在だったのかを熱く語る店員を僕を汗をぬぐいながら眺めていた。

 吹き出る汗をTシャツでぬぐいながら必死に扇子の紹介を聞いていた。おそらくこの店員は自分のことを「ひたすら汗をかく不審な人物」と捉えているのだろうと考えていた。その時だれよりも扇子が欲しかったのは自分かもしれない。

 最終的に、店員のオススメのトンボの柄のついた黒と紺の扇子を購入した。6480円。買うはずだったフットサルシューズの資金が消し飛んだ。トンボ柄は「前進あるのみ」という意味が込められていて贈り物に最適なんだという店員の言葉に従うことにした。扇子が入った桐箱をプレゼント用に包装してくれている間に他愛もない会話をしたが、話があまり続かなかった。誰か僕に人との上手な会話の仕方を教えてくれ。

 家に帰って兄にプレゼントを渡した。それなりに喜んでいたので良しとする。来年はもうちょい安く抑えようと心に誓った。